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STORY

京都の古建築撮影プロジェクトについて

父親が旅行会社に勤めていたこともあり、京都には子供の頃から毎年のように訪れていました。お寺や、その庭と周りを取り巻く自然、そしてクレープセットを食べるのが楽しみだった街、父親が大好きだった甘い煮豆を買いに行った市場の惣菜屋さん、行く先々で感じる京都の空気感が、子供ながらにとても気に入っていました。そして、そんな記憶とともに、何か縁があったのか、大学の4年間を京都で過ごすことになります。ちょうどバブル期にあたる'80年代のことです。

就職して東京で暮らすようになってから、あまり京都に行く機会はなかったのですが、ここ10年ほどの間に、何回か観光で行くことがありました。「京都も変わったな」とは思っていましたが、数十年も経てば変わるものと、どこかに引っかかるものを感じながらも、深刻な気持ちでは受け止めていませんでした。

ところが、SNSを通じて、京都生まれの京都育ち、そして現在も京都在住という生粋の京都人である学生時代の友人が発するSOSを目にします。

「終わりの始まり京都?」2017年7月31日

SNSに投稿された記事は、昼間ガラガラ河原町がナショナルチェーン店ばかりになったこと、ゲストハウス、ホテルばかり建てて観光客が増えたことを喜んでいる場合ではちゃうんちゃうん?というものでした。
また彼の話によれば、かつて職人や商人が住み、代々受け継がれてきた京町屋が急速な勢いで無くなっているとのこと。格子を特徴とした古い木造建築が隙間なく建ち並び、家々の玄関先には防火用の赤いバケツが置いてあった、学生時代に住んだ中京区の町並みを思い出していました。

母方の祖父は大工をしていました。その祖父が、実家の家を建てて50年。その間、台所はキッチンに、大型のボイラーは小型の給湯器に、汚れの目立ってきたニードルパンチの床はフローリングに、トタン屋根はスレートに、ガタついていた木枠の引き戸はサッシに、変わらない天井や柱、左官仕上げの壁も多く残りますが、老朽化とともに、それぞれの時代や生活スタイルに合わせて、設備の入れ替えやリフォームをしてきました。

現在の京町屋は、昭和初期に建てられたものが多いと聞いています。かれこれ100年。最古級とされるものは300年ほど経つそうです。先祖代々受け継がれてきたもの、或いは色々な手にバトンタッチされて来たものあるかと思います。そうした、それぞれの時代の歴史が刻まれた建物に生活し、それを維持し、そして次の世代に手渡していくことは、とても大変なことだと思います。

子供の頃に感じた京都の空気感は、国宝や重要文化財級の立派なお寺や神社が沢山あるからだけではなかった思います。そして、テーマパーク「Kyoto World」になりつつある現在、時代の流れだから仕方ない、と思い出だけを大切にし、今をスルーし続けることが難しくなってきました。

遅すぎたとは思いますが、せめて今ある「生きている古建築」あるいは存続が難しくなった「危機的な古建築」の記録を、京都に暮らした人たちの文化と歴史の一部として、微力ながら何かを少しでも多く残し伝えていくことはできないだろうか、と考え始めました。

そして、友人の紹介もあり、理解ある地元の方々のご厚意で、貴重な建築の撮影をする機会を、早速、何件かつくっていただくことができました。これからも、そうした方々や建築に出会い、記録として充分な数の写真を撮り続けられるのか、まだまだ分かりませんが、何とか機会を得て、いつか、どこかで、何らかの形で発表の場を持ちたいと考えています。

撮影料や費用はいただいておりませんので、撮影可能な案件情報をお持ちの方がいらっしゃれば、お知らせ頂けると幸いです。

※撮影地:京都市下京区
掲載している写真は、所有者の方のご承諾を得て撮影しています。無断の転載・使用・流用はご遠慮ください。

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