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京都における最古の商家、西村家の町家撮影

京都における最古の商家、西村家の町家撮影

京都における最古の商家として世に知られた、千切屋一門西村家。 市中心部の開発が進み新しいビルが次々と建てられる中、かつては法衣店が並び、その名の由来にもなったという衣棚(ころものたな)通りに、京の歴史と景観を今に伝えるべく、西村家の町家はあります。築100年を超える建物は、現在「ちおん舎」という名前で、学び、集い、楽しむ空間として活用されています。
知人の橋渡しと、17代目当主である西村吉右衛門さんのご厚意で、幸運にもその特徴的な町家を2日間にわたり撮影させていただく機会を得ることができました。

大塀造の京町家の写真

西村家の町家

京都の町家と言えば、一般的に間口(まぐち=表通りに面した家の幅)が狭く、奥に細長いイメージがあります。間口の広さに対して税金が課されたため節税対策だったとの説はよく聞きますが、三間(さんげん=約5.4m)程度の広さが多いようです。
それらに比べ、ちおん舎さんの建物は、通りに面して十二間(じゅうにけん=20m強)という非常に広い間口を構えています。また、殆どの町家では玄関と見世(店)が通りに面しているのに対し、敷地は塀で囲まれ、その内側に庭を挟んで主屋などの建物が配されているため、控えの間などがあったという玄関棟を除けば、建物は通りに面していません。こうした造りを、京町家の中でも大塀造(だいべいづくり)と言うそうです。
敷地には、主屋の他に、前出の玄関棟、「大正天皇即位御大典に際し、貴賓の宿所とするため隣接地を購入、増築した」という座敷棟、そして2つの蔵と茶室があります。茶室を挟んで南北に庭があり、南側の庭は、茶の湯で言うところの茶室に至る「露地」として役割を担っています。

建設、増築された年代はそれぞれ違いますが、ちおん舎さんのWebサイトによれば、現存する最も古い主屋は明治初年(1868年)、最も築年数の浅い茶室は昭和12年(1937年)、座敷棟、玄関棟はそれぞれ大正4年(1915年)、明治34年(1901年)ということです。

何れにしても、今までイメージしていた「町家」とは一線を画す、歴史と風格を併せ持つお屋敷という佇まいです。一般公開されていない町家も多いですが、開催されている講習会や演奏会などのイベントに参加すれば、このお屋敷の中で学んだり、音楽に耳を傾けたりすることができます。

西村家の歴史にも少し触れておきます。西村家の遠祖は、春日神社若宮祭事の際に千切花の台「千切台」を毎年製作奉納していたと伝えられているそうです。生まれが織田信長と一つ違いという法衣商人としての初代は、室町時代の1555年に京都の三条室町で法衣業を始め、遠祖工匠神人に因み「千切台」をその商標として屋号を「千切屋」と称し、名を千切屋与三右衞門と改めた、ということです。明智光秀が主君の信長に謀反を起こした本能寺の変が天正10年(1582年)ですから、事件はまさにリアルタイム。それどころか、この頃本能寺があった場所は目と鼻の先であったということでした。

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